鹿港の街並-01

鹿港は、台湾中部、海に近い町です。清の時代には、台南、台北の萬華と並ぶ台湾の三大港の一つに数えられました。大陸との貿易に基づく経済力を背景に、文学者や書家を輩出した地として、台湾文化の第4期を「鹿港期」と称するそうです。日本統治時代に建てられたネオバロック式の名家の邸宅が、鹿港民俗博物館として開放されています。そこを訪ねると、中国文明ではなく、この町で継承されて来た中国文化のレベルの高さを目にすることができます。

繁栄を極めた鹿港も、日本統治時代に、交通幹線から外れたことにより衰退し、今は、人口8万人のこぢんまりとした町として生きています。開発の流れから距離を置いたことが、今となっては幸いし、歴史や富を背景とした時間の蓄積が、観光客を引き付けています。

古蹟保存区に指定された古市街、煉瓦造りの伝統的な町家、冬の風を和らげるためにぐねぐねと回っていると言われる路地、街中に埋め込まれた由緒ある寺院や廟、清代末期から日本統治時代につくられた擬洋風建築(看板建築)の町家の街並、そして、肉まん、中国菓子、烏魚子(からすみ)、扇子、提灯、仏具などの名産や伝統工芸品。歩くのに適した大きさの町の中に、町歩きを楽しませる仕掛けが、次々と現れれます。

路地にしろ、廟にしろ、多かれ少なかれ、台湾の町なら、共通する要素だとしても、その密度や、レベルの高いこと、それでいて、原石のまま、磨きすぎず、適度にふつうの暮らしが見え隠れすること、それが、この鹿港の魅力です。回っていると、その雰囲気に懐かしくほっとします。空気が、日本の昔からの観光地、というよりは、観光地の昔によく似ているからのような気がします。

町の見所は、細街路のネットワーク上に点在しており、車から下りて歩き回らざる得ません。車の発達により、面から線へ、線から点へと縮小する観光地が増える中、まだ、その波は免れているものの、表通りから入った裏町には、巨大な観光駐車場があり、モータリゼーションに包囲されつつあるようです。

そして、低い家並の中から、高いマンションがぽこぽこ立ち始めている景観。一戸建てに困らない小さな田舎町でさえ、中高層のマンションの立つ台湾では、ふつうの風景ですが、鹿港に限れば、歴史的景観を優先した景観づくりこそが、活性化の処方箋であることは明らかです。

モータリゼーションと規制緩和に対応しようしたものの、思うように成功せず、かえって町の魅力を喪失してしまった日本の地方都市の二の舞にならないことを願うばかりです。

写真解説

1. 古市街:泉州からの移民による街でしたが、今は、保存再生計画により整えられた結果、町家群は、観光客を対象とした店に改装され、大きな観光スポットになっています。

2. 九曲巷:表通りから一本西側を走る路地。古市街に比べると、ふつうに暮らす住民の生活が窺えます。モーターバイクの国だけあって、表通りのすぐ脇のこんな細い路さえ、バイクが次々と通って行きます。

3. 摸乳巷(君子巷):鹿港でいちばん細い路地で、乳をすり合わなければ行き違いができない、ということから名付けられ、名所となっています。路地の細さは最大70cmぐらい。細さに掛けては、東京の佃島の方が上手ですが、細いだけでなく、通りにぶつからないまま1本路地が延々と続くこと、そして、ネーミングが観光上の効果を上げているようです。ただ、澎湖島の馬公にも同じ名の細い路地があったので、もしかしたら、台湾でよく使われる名称かもしれません。

交通:台北よりバスで3時間、台中駅よりバスで1時間半、彰化駅よりバスで40分。

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Upload:2007.02

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1. 路地−古市街

2. 路地−九曲巷

3. 路地−摸乳巷

Photo by Daigo Ishii

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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