キャンディのランドスケープ(キャンディ、スリランカ)

キャンディは、スリランカ第2の都市、と言っても人口12万人ですから、スリランカは、第3世界としては、比較的、都市と農村のバランスが取れているようです。

町がつくられたのは、14世紀半ば、そして、1592年に、シンハラ朝、最後の都となりました。標高500m、四方を山が囲み、アクセスも限られる地形が、天然の要害として、ポルトガル、オランダの侵攻を阻み、1815年、イギリスに陥落されるまで、都として栄えました。

スリランカ人にとっては、「京都」にあたる古都であり、仏歯を祀る「仏歯寺」のある町として、愛されています。

高い建物も少なく、ほどほどの活気を保ちながらも、落ち着いた気配のする町です。古都といっても、ふつうの町に、ところどころ、寺院やコロニアル建築が埋もれている程度ですが、民家が、結構、世界遺産のプレートを掲げているのには、驚きます。仏歯寺との絡みで、周りにも登録の網を掛けたのでしょうが、街並にもなっていない民家に、世界遺産指定とは!。コロニアルに甘いと噂されるユネスコの大判振る舞いを目撃した感じです。世界標準ではありませんが、日本の重要伝統的建築物群保存地区の方が、よほど歴史的景観を維持しています。

それでも、ここは、スリランカでも、格段に居心地のいい町です。豊かなランドスケープが、閉じることと開くことのバランスを絶妙につくり出しています。

町を囲む山々。日本なら斜面住宅地として開発され、第3世界ではスラムが増殖するところですが、都市への人口集中が過度ではないスリランカでは、豊かな緑を残し、邸宅が点々と見え隠れする程度です。昔は、外敵の侵入を、今は、都市の無秩序な拡大を押しとどめる山々は、細やかな起伏とその重なり、緑の濃淡で、柔らかく町のエッジを描きます。厳しい孤立感に閉ざされない程度に、町が一つの世界として完結します。

穏やかといえども、山に囲まれているだけだと、空気が重くなりがちですが、湖の存在が、閉じた世界に、広がりを呼び込みます。

キャンディ湖は、1807年にシンハラ王朝最後の王スリ・ウィクラマ・ラジャシンハによってつくられた人造湖です。湖岸は、市民や観光客の遊歩道となり、町の中心街、仏歯寺、王宮、僧院、ホテル街など、主要ポイントをつなぎます。長さは1キロ近くありますが、幅は広くても200メートル程度。対岸の様子が分かり、水面による断絶感はありません。町の主なところに行こうとすれば、つねに、湖をかすり、広い視界と、光を映し出した明るい水平面の開放感に出会うことになります。

元からあった山のランドスケープに、新たに水のランドスケープが組み合わされたことで、開放感のある閉じた世界が生まれました。そして、湖も、山も、二つに挟まれた町自身も巨大過ぎず、適度な大きさであること。それが、居心地のよさの理由のようです。

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交通
コロンボから鉄道、車で3時間

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旅行の際に調べた情報であり、評価については、各人でご確認下さい。

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参考文献
Lonely Planet Guide 'Sri Lanka' (Lonely Planet Publication, 2006)

Upload 2007.12

Update 2010.06

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Photo by Daigo Ishii