キャンディの古寺-4:仏歯寺-1(キャンディ、スリランカ)

夜明け前、遠雷のように響く太鼓の音で目が覚めました。気になると、矢も楯もたまらず、出動開始です。人通りもまれな、薄暗い道を歩いて行くと、湖の対岸に仏歯寺の灯が見えました。音はどうやらそこからのようです。湖を回って近づいて行くと、段々人が増えて来ました。朝の日課の礼拝でしょうか。こんな朝まだきから、これだけの人が訪れるのを見ると、スリランカ人の信仰の篤さを実感します。

穏やかな早朝の風景からは窺い知れませんが、仏教系のシンハラ人と、ヒンドゥー系のタミール人の争いの続くスリランカでは、仏陀の犬歯を祀る仏歯寺は、仏教の象徴であり、1998年には、爆弾テロで一部が破壊されました。その影響で、境内に入る前に、ゲートで、厳しい身体チェックと荷物チェックを受けます。

境内に入ると、長い参道の先に、1803年につくられた、白い八角堂Pattiripuwaが見えて来ました。王の休憩所としてつくられ、今は、経典を所蔵する図書館です。爆弾テロの被害が大きかったところです。

八角堂の前の細長い堀割を渡り、本堂に入ります。階段を上り下りし、トンネルをくぐると、その先が回廊で、中央に1707年に原型がつくられた、仏歯堂Vahahitina Maligawaが現れました。1階の柱にもたれて、上半身裸の男性が二人、一人は太鼓を、一人は笛を奏でています。この音に誘われたのです。「ブージャー」と呼ばれる、仏歯を格納した仏舎利を、日に数回、お披露目する儀式を知らせていました。

仏歯堂1階には、黄金の仏像が、2階には、仏歯が祀られています。「ブージャー」の時間には、2階の扉奥が開かれ、金色に輝く仏舎利が現れます(4段目左側の写真の中央)。通常は、仏歯を入れた仏舎利を拝観するだけで、中にある仏歯を、実際に見ることのできるのは、高僧や政府の要人のみだそうです。

4世紀にインドからもたらされた仏歯は、最初は、アヌラ−ダプラに祀られ、遷都とともに転々とし、一時は戦利品としてインドに持ち帰られたこともありましたが、1592年、キャンディ遷都とともに、この地に運ばれました。そして、1603年、仏歯を祀る寺として、建立されたのが、仏歯寺の始まりです。その後も、中国の鄭和から引き渡しを要求されたり、植民地時代には、ポルトガルが持ち出して消却しようとしたり、イギリス人が支配のシンボルとして持ち去ろうとしましたが、何とかかわし、今に至っています。

これだけの老若男女が、ほんの数秒ほどの拝観でも、一目見ようと、黙々と、長蛇の列に並ぶのを見ると、変遷の末に落ち着いたこの地は、仏歯にとって、その価値にふさわしい敬意で迎え入れてくれる、最良の場所のようです。

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交通
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参考文献
地球の歩き方「スリランカ」(ダイヤモンド・ビッグ社、2007)
世界遺産No.93 聖地キャンディ(講談社、2006)
Buddhist Monastic Architecture in Sri Lanka (A. Senneviratna + Benjamin Polk, Abhinav Publications, 1992)
Lonely Planet Guide 'Sri Lanka' (Lonely Planet Publication, 2006)

Upload 2007.12

Update 2010.06

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遠景と外観

トンネル通路と本殿1階

本殿2階

Photo by Daigo Ishii