ヒルカントリーへ−1(ヒルカントリー、スリランカ)

スリランカ島の中央部には、標高2524メートルのペドロ山を最高峰として、険しい山々が連なり、「ヒルカントリー」と呼ばれています。西海岸は雨期の時期に、東海岸は乾期、という具合に、この山々が、小さな島に、多様な気候をつくり出しています。

18世紀前半、植民地ジャワでコーヒー栽培に成功したオランダに対抗して、統治者であったイギリスが、ヒルカントリーの入口の町キャンディでコーヒー栽培を始めました。1868年には、コーヒー生産量世界一になったものの、病害のため、1870年代には壊滅し、マラリアの特効薬となる樹木シンコナやゴムの栽培に切り替わりました。それも、価格の乱高下で失敗し、その後に始まったのが、茶の栽培でした。これが、セイロン・ティーとして名高い紅茶産業の幕開けであり、その舞台が、ヒルカントリーです。

標高500メートルのキャンディから1900メートルのヌワラエリヤを経て、1200メートルのバンダラウェラ(紅茶産地名はウバ)あたりが、上質の紅茶の主産地で、キャンディからの道沿いには、美しい茶のプランテーションが、続きます。

まだ150年しか経っていないとは思えないほど、刈り込まれた美しい茶畑は、この地に馴染み、スリランカを代表する景観となっています。丘陵の急斜面の蛇行に合わせて、うねうねと波打つシルエットは、遠目には、目の詰んだ緑のじゅうたんを、敷いたかのようです。

しかし、機械化さえ簡単ではないだろうこの風景が、21世紀の今もなお、美しく維持されているには、理由があります。

イギリスは、コーヒー栽培を行う際、労働者として、南インドから大量のタミール人(インド・タミール人)を連れて来ました(彼らは、内線の紛争地域だった北部や東海岸の土着のスリランカ・タミール人とは区別されています)。そして、茶の栽培に転換した後も、彼らが、農場労働者として、紅茶産業を支えました。スリランカのタミール人比率は、北部と東海岸を除くと、ヒルカントリーだけが、異常に高い値を示します。

インド・タミール人の帰属は曖昧でした。1931年、イギリス統治下で選挙権を与えられたものの、独立した1948年、「父方の曾祖父の代からスリランカにいたことを証明できない」インド・タミール人から、公民権を剥奪する法律が制定されました。90万人近くが該当したそうです。シンハラ人優先政策の結果であり、旧宗主国イギリスも積極的に反対しなかったようです。

1964年には、インドとの間で、一定割合のインド・タミール人をインドに帰還させる協定が結ばれましたが、帰還せず、スリランカに残った人の多くは、無国籍状態のままでした。2003年に、修正法案が可決されるまで、公民権を持つことができませんでした。

美しい茶畑も、最高品質とされる手摘みの茶葉の採取も、紅茶農場が、多数のインド・タミール人を低賃金労働者として囲い込むことで、成立して来ました。農場には、最低限の医療や教育は用意されていたとは言え、植民地時代とあまり変わらない劣悪な居住環境のままだそうです。そんな状況でも、労働者のインド・タミール人は、長い間、無国籍状態のため、よそへ移動する自由も権利もなく、農場で生きる以外の道を閉ざされていました。

今、労働者の子供たちの流出が始まっているようですが、それでも、これだけの美しい風景が維持されているのを見ると、イギリスが基礎をつくった植民地流の社会制度を覆すのは、簡単ではない、と実感します。

ヒルカントリーとは、美しい風景が、往々にして、社会制度の矛盾と結びついていることを、目のあたりにする場所です。「差別がつくった景観」なのかもしれません。

余談ですが、スリランカの高額所得者の上位には、紅茶農園の所有者が名を連ねているそうです。

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交通
入口のキャンディまでは、コロンボから鉄道、車で3時間程度。ヌワラエリヤは、キャンディから車で3時間、近郊の駅まで鉄道で4時間程度。バンダラウェラへは、ヌワラエリヤから鉄道、車で2時間程度。

参考文献
泣いて笑ってスリランカ(末広美津代、ダイヤモンド社, 2006)
紛争と開発:JBICの役割(スリランカの開発政策と復興支援)(国際協力銀行開発金融研究所、2003)
紛争地域現代史-3: 南アジア(岡本幸治 木村雅昭他、同文館、1994)
松田哲の国際関係論研究室:スリランカの部屋
Lonely Planet Guide 'Sri Lanka' (Lonely Planet Publication, 2006)
Wikipedia

Upload 2007.12

Update 2010.06

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Photo by Daigo Ishii