赤の集落「吹屋の街並」01(高梁、岡山、日本)

狭く、曲がりくねった山道を走り続け、中国山地の山深さを、あらためて実感する頃、やっと吹屋の集落が現れました。最寄りの備中高梁駅から1時間、バスも一日に3便しかありません。

そんな山中で、銅山が始まったのは、7世紀初めと言われています。そして、銅鉱山の副産物として硫化鉄鉱石の産出が本格化したのが、16世紀半ば。大量のベンガラが生産できるようになり、その富で、吹屋は、隆盛を迎えます。

ベンガラは、鉄鉱石から生成したローハ(緑しょう)を、焼成して生産します。陶器や漆器の赤い色出しや、建築の木部塗装に使われます。吹屋のベンガラは、発色の鮮やかさで、追随を許さず、一時は、日本のベンガラ生産のほとんどを担っていたほどです。

鉱山経営を許可された西江家、広兼家、谷本家の3家が、ローハの製造を、片山家他の5家が、ベンガラの生産を独占し、彼らを軸に、今も残る吹屋の街並が出来上がりました。

南から入ると、先ず、下谷の街並が小さく固まり、そこから、山林を挟んで、下町、中町、千枚の街並が、街道沿いに、一つながりに続きます。

最盛期には、180軒を数え、芝居小屋もあった街並も、火事やベンガラ生産の中止などで、80軒余り、人口200人弱までに減りましたが、中心の中町は、今でも往事の街並を維持しています。

集落から小山を挟んだ場所には、1900年に建てられ、現役の小学校校舎としては、日本でいちばん古い、吹屋小学校があります。これも、銅山本部跡地の寄付を受け、銅やベンガラで築いた財力で、住民がつくったものです。

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交通:岡山駅から備中高梁駅まで、JR西日本伯備線の特急で35分。備中高梁駅から吹屋まで、備北バスで1時間。

または、岡山から車で2時間。

備北バスのリンク

参考文献:

「備中吹屋」(高原一朗、山崎泰雄、山陽新聞社、1993)

リンク:吹屋ふるさと村のリンク

Upload:2009.05

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Photo by Daigo Ishii