「トロピカル・ガーデン・シティー」シンガポール(シンガポール)

物足りなさはさておき、シンガポールの街を歩いていて、感心するのは、オープンスペースの豊さです。

目抜き通りでは、大きな木々が天蓋をつくっています。熱帯の強い日差しを遮り、路面に涼を呼び、意外と雑多で、とりとめない街並も、梢で、見え隠れするため気になりません。自身が街並になった感さえある量感ある緑に、あらためて、緑の景観向上効果を実感しました。

オーチャードのような中心街の大通りでは、ビルの1階壁面が後退し、緑化や屋根付の歩廊として開放されています。公共歩道と一体になった、広々としたスペースは、緑道公園の趣です。

もともとあった熱帯雨林を活かしたとか、植えれば、気候の賜物で、あっという間に巨木になってしまうとか、思っていたら、それは、大きな勘違いというもの。一部は、植民地時代に遡るとしても、実質的には、これも、リー・クアンユーの構想の成果なのです。

観光を重要産業として位置付け、そして、都市のブランド力を上げるため、彼がトロピカル・ガーデン・シティ構想を掲げたのが、1967年のこと。

実現のため、手を付けたことの一つが、世界中の熱帯地域から、植物を集めることでした。

熱帯だからと言って、何でも旺盛に育つ訳ではなく、同じ東南アジアでさえ、乾季と雨季のあるミャンマーの植物は、雨季のないシンガポールでは、うまく育たなかったそうです。街路を飾っているのは、8000種に及ぶ栽培試験の末、適性を見い出された2000種の植物なのです。

緑化された歩道橋は、たまたまボランティアが草花を置いたのかと思いきや、それもまた、緑化政策の一環。何でも徹底的に実行するシンガポールらしさ、というよりもリー・クアンユースタイルに、感心するやら、少しあきれるやら。

構想は、公共空間だけでなく、民間の敷地にまで及びます。

開発時には、条例に基づき、オープンスペースの確保や、緑化の方法、植物の種類について、役所と協議し、合意を得なければ、許可が下りません。ただ緑化すればオーケーではなく、隣地のオープンスペースとの連続性や樹種バランスまで問われることがあるそうです。

そうやって、1960年から、半世紀掛けて、整備した結果が、この緑あふれるシンガポールなのです。今からは、想像できませんが、当初は、植えた植物を引き抜いて、家に持ち返る人や、踏み荒らす人が、続出でした。半世紀という時間は、民意を熟成させるための時間でもあったのです。

今、シンガポールの緑化率は、国土の1/3程度。1967年当時から比べると、公園面積は、8倍以上に増えています。市民一人あたりに換算すると、約6.7平米で、東京の2倍以上。ただ、公園面積を増やすための都市の高層化が、味気なさを加速している側面もありますし、つくられた緑化は、既存の熱帯の植物相と動物相の破壊をもたらしたそうです。

都市のブランド化は、一朝一夕にはなりません。それでも、行政のバックアップが、ぶれなく長期間継続されることで、ありふれた都市が、抜きん出た存在に変わることがあります。

課題はあるとしても、その圧倒的な事例の一つが、半世紀の積み重ねで、構想のトロピカル・ガーデン・シティを、現実の呼び名にまで昇華させたシンガポールではないでしょうか。

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交通
シンガポール全域。

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参考文献
リー・クアンユー回顧録(日本経済新聞社、2000)
シンガポールの緑化政策の概要(自治体国際化協会)
もっと知りたいシンガポール(綾部恒雄、石井米雄、弘文堂、1994)

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シンガポールの緑化

         Photo by Daigo Ishii