シンガポールのチャイナタウン
(シンガポール)

中国系が過半を占めるシンガポールで、このエリアを、チャイナタウンと、敢えて名付けるのも、不思議に見えます。

シンガポールの基礎を築いたラッフルズは,、19世紀初めの街の建設時に、各国から来た移民の居住地を、民族ごとに計画しました。中国系市民に割り当てたのが、シンガポール川右岸からチャイナタウンに到るあたり。それが由来のようです。

ただし、当時、支配層の西欧人は当然として、中国人を含むアジア系富裕層に対しても、居住地制限はなかったという話を聞くと、現在のシンガポール国民と外国人労働者の格差、はたまた、裕福な移民に対する優遇措置を彷彿とさせます。そうやって、植民地時代、支配層が、広大なお屋敷を構える一方で、多くの中国系市民は、居住密度が高いチャイナタウンのような場所に押し込められていました。

おそらく、リー・クアンユー首相が、一時期、チャイナタウンを一掃して、再開発をしようとしたのも、ここが、植民地支配下で、下層に甘んじた中国系住民を象徴するネガティブな場所と見たからではないでしょうか。

しかし、行き過ぎを感じたリー首相が、方向を修正したのが1970年代初めのこと。自身の選挙地盤であるタンジョン・バガールから、保存活動を始めました。

現在からすれば、選挙区に対する利益誘導にも見えますが、当時のリー首相としては、方向転換が、是か非か決めかねている状況で、批判を封じ込めやすい自分の地盤を実験台とした、というのが、案外真相ではないでしょうか。

方向性が確定すれば、徹底するリースタイルのおかげで、一郭には、予想より、はるかに大規模で、きちんとしたショップハウスの街並が残っていました。

基本は、狭い間口、3階建ての細長いファサードに赤瓦の平入りの屋根を載せ、隣家との界壁を、屋根から少し突き出しています。1階が5フィートの屋根付き歩廊となっているのも、ラッフルズの令によるそうです。

3連の窓は、頭に扇窓を載せたものが基本で、アーチ窓、角窓も加わり、表には、日差しを避け、通風を確保するポルトガル植民地起源のよろい戸も付いています。

初期のショップハウスは、装飾も部分的でしたが、コロニアル建築に採用された新古典主義の影響で、柱頭にオーダーが載り、扇窓にくさび状の要石を模したものやコーニスも加わり、バロックやマニエリスムばりに装飾が過剰になって行きました。

さらに、20世紀に入り、アールデコの影響を受けると、直線で分割されたファサードが、看板建築となって立ち上がり、ぎざぎざに切り取られた頂部から旗竿が立ち上がります。

そうやって、時代時代のスタイルを、中国式美学と結び合わせて、取り込み変容して行く一方で、マレー起源のピントゥー・パガールという内扉は、時代に関わらず、ほとんどのショップハウスに引き継がれて行きます。

日中、大扉を開けて通風したときに、通行人の視線を遮るための半扉です。気候的なシステムと、外の様子を伺いながら、プライバシーを絶妙に保護する機能を兼ね備えたピントゥー・パガールは、例え、昔風に見えても、新しい流行が代案を提示できなかったほど、熱帯の都市にふさわしい仕掛けだったのでしょう。

このエリアのショップハウスの多くは、修復がきちんとなされ(すぎて)、今では、お洒落なカフェやレストランとして、観光客を集めています。しかし、実は、それが曲者で、きれいになった結果、家賃が上がり、昔からの住民は、出ていかざる得なかったとのこと。ネガティブな記憶と文化の保存の狭間で、それが、リー首相の落とし所だったのではないか、と思われるぐらいです。

そして、チャイナタウンに「期待」する過剰な人波や、けたたましい騒音、美食や汚臭がないまぜになった匂い、そこかしこで起こる出来事といったものは、ここでは遠い記憶のようです。とにかく、行儀がよいチャイナタウンなのです。

混雑した地下鉄に乗って感じたのは、シンガポール市民の規律正しさでした。リー首相の回顧録に書かれた1960年代のシンガポールとは、まるで別の国。半世紀という時間で、リー首相は、国民の精神構造の改造に成功しました。そして、その成熟し安定した社会の空気が、このチャイナタウンにも映し出されているようです。

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交通
地下鉄China Town駅の周辺。

宿泊施設のリスト

参考文献
リー・クアンユー回顧録(日本経済新聞社、2000)
望遠鏡15「シンガポール&マレーシア」(ガリマール社、同朋社、1997)

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         Photo by Daigo Ishii