燕喜館(新潟県新潟市)

相続や都心回帰によるマンション化の波で、少しずつ消えつつはありますが、新潟の昔からの市街地、信濃川と日本海に挟まれた辺りを歩くと、川から海岸段丘に緩やかに上る道沿いに、今でも、豪壮な料亭や、大きなお屋敷が点在しています。

「燕喜館」も、街中にあった、三代目斎藤喜十郎氏の邸宅の一部を、移築したものです。明治40年頃の建築と推定され、商店部分や店蔵も残っていたそうですが、そちらが老朽化や改築が著しかったのに対して、住宅部分は、建設時の状態が、かなり維持されていたため、その部分を所有者から譲り受けた新潟市が、公園の一郭に再建しました。「燕喜館」という名も、唐の思想家韓愈の「燕喜邸記」にちなみ、斎藤家が命名したままのものを使っています。

外部も内部も、100年という時間を想像できないぐらい、きちんと維持されています。外回りの痛みが少ないのは、雨戸を、こまめに開け閉めしていたことが、理由でないかとは、移築前のことを知る職員のお話。明治まで遡れるかは別として、室内の襖紙、欄間細工なども、すべてが、斎藤家から引き継いだままです。破れなどがあっても、最近設えたとしか思えない状態からは、「斎藤家」が、この家をいかに大事にして来たかが伝わります。

室内の意匠では、さまざまな銘木や細工、明治を彷彿とさせる和室に掛けられたシャンデリア、旧式のガラスなど、屋外では清水焼の灯籠など、お金を掛け、華やかさは伝えながら、それがあまり過度にはなっていません。昔は、どこの町にもいた、建築や文化に精通した、品位ある町家の旦那衆の節度を感じます。

突出した建築的空間がある訳ではありませんが、きちんとした水準の文化を継承して来た町屋の空気、そして、長く伸びた内土間や、和室としてはかなり高い天井など、冬の雪と夏の暑さという相反する気候に配慮した空間を、体験できる建築です。移築に際して新築された部分も、違和感なく設計されています。

惜しむらくは、こういう建築を現地保存できない日本の状況です。街中に残っていれば、新潟市の観光資源としても、新潟の歴史を伝える1級の文化財としても、大きく貢献したことでしょう。今、跡地は、立体駐車場になっているそうです。

余談ですが、「燕喜館」の借景となっている「白山公園」は、日本の都市公園第1号です。

住所:新潟市一番堀通町1-2

電話番号:025-224-6081

見学時間:09:00−17:00

休館日:第1・3月曜日、年始年末

入館料:無料

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Upload:2007.05

参考文献:燕喜館パンフレット

 

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Photo by Daigo Ishii