青森のお祭り:立佞武多 - 1
(五所川原、青森、日本)
先ず初めに、五所川原市民の皆様、申し訳ありませんでした。青森が人口30万人、弘前が18万人、五所川原が6万人。人口も経済規模でも劣る五所川原が、祭りのスケールで見劣りすると考えるのも、当然のこと。
ところが、どうしてどうして、実際に見て、その思い込みを反省すること頻り。素晴らしさと言ったら、青森にも弘前にも、引けを取りません。
列車が駅に着き、階段で跨線橋に上がった瞬間、乗客は、一斉に、窓の外に引き寄せられます。町並のスカイラインから、立佞武多が、顔を出しているのです。ここで、先ず、わしづかみです。
駅は、巡行ルートから外れていますが、2台の立佞武多の格納庫が、駅前にあるので、最後の調整中のねぶたを間近に見るチャンスです。見上げるとは、まさにこのこと。首を90度折り曲げても、全容はよく分かりませんが、とにかくでかい。
近くにいた巡行メンバーにお聞きしたところ、骨組はそのまま使うので、毎年の製作費は200万円ぐらいだそうです。巨大だからと言って、八戸や弘前と比べても、べらぼうに金が掛かる訳ではないようです。ただ、数年に一回、骨組を直すので、その時は、お金が掛かるとのこと。
空もまだ幾分明るい午後7時、号砲とともに、祭りが始まります。立佞武多が動き出しました。
街中で、マジンガーZや鉄人28号に出くわすことは、まずありません、というか、絶対ないはずですが、彼らが、町に出動するというのは、こういう感じだったのですね。
Wikipediaによれば、鉄人28号は、高さ20メートルで、重さ23トン。かたや、立佞武多は、高さ23メートルで、20トンだから、遜色ありません。というか、鉄の鎧をまとった鉄人28号と、軽鉄と木の骨に和紙を貼っただけの立佞武多の重さが、ほとんど変わらないというのは、どういうことでしょうか。
第二次大戦中、骨組を竹で作った戦闘機が開発されたそうですが、戦争の記憶の残る1960年代に開発された鉄人28号とは、その技術を応用した竹製の骨組だったのでしょうか。
交通
五所川原駅から徒歩圏内。
リンク
立佞武多の館
宿泊施設のリスト
五所川原観光情報局 - 泊まる
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