青森のお祭り:八戸三社大祭 - 2
(八戸、青森、日本)

祭の本番は1日の「お通り」、そして、中日を挟んで、3日の「お還り」と続きます。どの日も、街中を練り歩く盛大な行列が見物です。

「お通り」の開始は午後3時。祭のかなり前から沿道には席が並び、屋台が連なります。

市役所を出発した行列は、中心街の大通りを、東から西に進みます。目玉の山車だけでなく、ありとあらゆる伝統芸能、歴史風俗が、絵巻物のように、次々と現れます。脈絡なく見えますが、実際には、まず、三社それぞれの行列に分かれており、神明宮行列、?(おがみ)神社行列、新羅神社行列の順に進み、それぞれが、神楽や稚児行列、騎馬武者、各種の舞から成る神社行列を前半に、各神社の氏子の町内会による山車行列を後半に置いています。先頭を切るのは、神明宮行列の大神楽で、これは、江戸時代に流行した伊勢参りにちなむものだそうです。

山車行列の先祓いは、「手古舞」という女性で、じゃんがらという鈴をしゃんしゃん鳴らして歩きます。次に続くのが、山車を引く「曳き子」で、道の両側に沿って伸びた長い綱を、100人近くが引っ張ります。その曳き子に挟まれて、中央を笛を吹くお囃子衆が進みます。そして、その後ろに現れるのが山車で、最前には、小太鼓を打つ子供が、その奥には大太鼓を打つ大人が控えています。老若男女、町内会の全員が総出かと思うほどの体制で、多い組では300人もいるそうです。乳母車を引いた女性まで参加していました。

山車本体は、組によっては、煙を噴き出し、上下するので、遠目に見ると、怪獣のようにも見えます。やり過ぎに見える組もありますが、こういう祭は、前年よりつねに派手になって行く宿命があるから、しょうがないのかもしれません。そのうち、ロケット花火や鳩が飛び出すと予想します。

年々派手で巨大になる山車の泣き所で、見せ所が、信号くぐりです。最後に人の手の入る弘前とは違い、工業都市八戸では、すべて機械仕掛け。工業大国、日本の意地を見せます。信号に近づくと、まず、いちばん上に飛び出した後背が、ばたんと後ろに倒れます。その後、奥から順に、飾り物が下降し、準備完了。信号をくぐると、前以上に、怪獣然と、雄叫びを上げるかのように、ぐわんと飾り物が飛び出し、鼻から息を吹くように煙が上がります。

高さにばかり気を取られていたのか、左右が電柱にぶつかって、飾り物の先がぽこんと落ちる組があるのは、ご愛嬌。山車の拡大化と街のインフラとのせめぎ合いが、垣間見えます。

そうやって、延々と3時間近く続く行列の締めは、きれいどころのお姉様方による「華屋台」。昔は、本物の芸者衆が屋台の上で踊りを披露したそうですが、芸者の消えた今は、日本舞踊の名取に変わりました。しんがりにこういう方々に登場されると、祭の後に、一杯行きましょうかという気分になるから不思議です。

さて、八戸の祭りの楽しさは、本番後も続きます。冬のえんぶりの際も同じですが、各組が町中を回り、門付けを行うのです。耳を澄ますと、そこら中で、鳴り物が響き、歩けば、ご贔屓や飲食店を回る着流しの人に、すれ違います。お祭りの余韻が、深夜まで漂い、華やいだ気分が続きます。

八戸を訪れるたびお世話になる村重(むらじゅう)旅館は、お母さんが、門付けに来た組に、すべてご祝儀を出すということで、入れ替わり立ち替わり、門付けが現れます。

端(はた)で、門付けの人を見るのも楽しいですが、これは、やはり当事者として、お迎えするのがいちばん。玄関先で、彼らが、笛や太鼓、三味線に乗せて、商売繁盛の口上をする様を、上がり框で聞くと、浮き浮きとし、運気が降り注ぐようです。お母さんには、お客はいいわよ、と言われましたが、僕も、ご祝儀を奮発していました。

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交通
八戸駅からバスで20分(10分間隔)、十三日町、三日町で下車。

リンク
八戸三社大祭(八戸市役所)
八戸三社大祭(八戸観光コンベンション協会)

八戸市役所
八戸観光情報
八戸観光コンベンション協会

青森県観光情報サイト

宿泊施設のリスト
八戸市の宿泊施設

参考文献
"八戸三社大祭の歴史"(三浦忠司, 伊吉書院, 2007)
"八戸三社大祭公式ガイドブック"(八戸観光コンベンション協会, 2011)

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八戸三社大祭 お通り

        Photo by Daigo Ishii