弘前 近世の建築:
石場家住宅(弘前、青森、日本)
弘前城の北側、亀甲門を抜けて通りに出ると、二方に「こみせ」(雁木)を回した石場家住宅がすぐ先に現れます。
表通りに面して、18.2メートルある長い表構えが続き、そこに入母屋の屋根を載せています。架構の間を白く漆喰で塗り上げているせいか、それとも、板葺きに石置きの屋根を、鋼板に葺き替えたせいか、軽やかに見える外観です。
元々は藁製品や日用品を扱っていたそうですが、今は、酒屋に商売替え。
「こみせ」をくぐって中に入ると、西に面した、幅3間の、広い土間「にわ」が現れます。三和土の凹凸に味わいがあります。その東側に、大通り側から土間の「みせ」、畳敷きの「じょうい」、板敷きの「だいどころ」が続きます。「じょうい」と「だいどころ」のどちらも囲炉裏を真ん中に据えています。そして、そのさらに奥の列が、「こざしき」「なかのま」の座敷と「なんど」。「にわ」とその東側の部屋の上には、外から見たよりは、はるかに高く感じる、黒光りする梁組の格子が渡っていました。
石場家住宅ができたのは、江戸時代中期。その時代につくられ、同じように重要文化財に指定されている住宅の多くが、役目を終え、文化財として大事に扱われている中、この住宅は、今でも現役です。
だから、こぎれいな公開民家の凛とした佇まいとはほど遠く、中は生活の匂いで一杯。家が生きるというのは、こういうことなのです。
奥さんは、笑いながら、昔の家に付き物のあれこれを話してくれます。往時は、たくさんの使用人が行き来した「にわ」は、今は、酒の陳列棚と、冷蔵庫と流し台の厨房には広すぎ、夏は暑さを和らげ、心地いい高い天井も、冬は、寒さを呼び込むこと。そして、気密性が低く、隙間だらけのせいか、網戸を入れても、どこからか蚊が入って来てしまうとの話。
それでも、こうやって、実際の暮らしを目の当たりにして感じたのは、現代の住宅のつくりとは違いますが、十分、今でも住みこなせる家だということ。それが、石場家住宅が伝える大事な部分に思えます。住居と生活の関係は、思っていたよりも自由度があり、寛容なのかもしれません。
そして、冬。
豪雪の中、訪れてみると、現代風に建て直された前後の家の前の歩道は、1m近い雪がうず高く溜まっているのに、石場家の前だけは、「こみせ」のおかげで、細いながら、雪から隔てられた歩行者路が確保されていました。
今、弘前の町中で「こみせ」も少なくなりましたが、400年前の建築的仕掛けもまた、この地方の気候にとっては、現役なのです。
石場家住宅の「こみせ」は、道路拡張で狭くなったもので、本来は、黒石の「こみせ」のように、もっと堂々とし、今実感する以上に、絶大な効果を発揮していたのでしょう。
交通
弘前駅からバスで15分(1〜2時間に1本)、亀甲町前で下車、すぐ。
リンク
石場家住宅
弘前市役所
弘前観光コンベンション協会
弘前総合情報RIng-O Web
宿泊施設のリスト
弘前市旅館ホテル組合
参考文献
"青森県の歴史散歩" (青森県高等学校地方史研究会編, 山川出版社, 2007)
"郷土資料事典 青森県" (人文社, 1998)
"北の城下町 弘前" (長谷川成一, 名著出版, 1990)
あおもりの文化財
文化遺産オンライン
Wikipedia
Upload
2018.01 日本語版の文章、写真+英語版の写真
Update
Copyright (C) 2010 Future-scape Architects. All Rights Reserved.
無断転載は、ご遠慮いただくようにお願いいたします。