ヌエーバ・ベネシアの水上集落
(シエネガ・デ・パハラール、コロンビア)

隣国ベネズエラの名の由来の一つが、ベネチア。15世紀、探検者が、水上集落をベネチアに見立てたことに遡ります。情報が限られた時代、行った人さえ少ないベネチアは、規模やレベルに関係なく、水に浮かぶ場所の代名詞として一人歩きしたのかもしれません。

その名残の名を持つヌエーバ・ベネシア。

ベネチアと似ても似つかない水上集落です。砂嘴のような細い陸地でカリブ海と隔てられた、大きな汽水湖シエナガ・グランデ・デ・サンタ・マルタ。その湖に面した村、タサヘーラスを出発したモーターボートは、1時間以上掛けて湖を横断し、その先、細い水路で房のようにいくつもつながった小さな汽水湖の一つ、シエナガ・デ・パハラールに入って行きます。しばらくすると、その中央、陸地から離れた湖上に、ヌエーバ・ベネシアが現れました。

漁業の村で、湖の中心を選んだのは、生業に便利なため、そして、水中に子供が立てるぐらい水深が浅く、家を建てやすいため。情勢や気候によっては、簡単に家をつくれるなら、治安やマラリア蚊の悩みの少ない水上は、陸地で暮らすより好ましい居住場所でもあるのです。

家は、水中に立てた杭の上に渡した板床に立ち上がります。屋根は藁葺きかトタン葺き、壁は下見板張りの木造で、時々、その下見板にペンキを塗った家もありましが、大抵は、強い日の光に晒されて、灰色に褪色していました。遠くから見ると、遮るもののない強い光の下で、水面も空も、灰色の下見板も、一つに溶けています。

家の他に、陸の村と遜色ない雑貨屋が4、5軒程度。警察の派出所には、電話会社のオフィスも同居していました。携帯電話の普及前だったので、水上集落にとって、外部と連絡を取るための重要なインフラでした。そして、教会もあれば、浅瀬を埋めてつくった小さなサッカーグラウンドもあります。そういう水で隔てられ、水でつながったご近所や店に行くための交通手段は、木を繰り抜いたカヌー。小さな子供も器用に操っていました。陸地のように行ったり来たりする人が多い訳でもなく、動いたとしても、カヌーのゆっくりとした速度感。大抵の住民は、暑さの中、日影となる家のテラスで、ぼんやりと過ごしています。のんびりとした、時が停止したような場所でした。

昼過ぎから荒くなる波を避けるために、タサヘーラスへ戻るボートは、11時にヌエーバ・ベネシアを出発しました。その時間になると、行きの朝早い時間には見掛けなかった帆船が、湖の上にたくさん現れました。強い風を利用したサステナブルで、スローな漁業です。

どのぐらいの収入になるものなのか。ガイドが、村で漁師から直接干し魚を購入しましたが、炭酸飲料1本の値段で、3枚ぐらいの相場。直販価格はふつうですが、水上のため、自家調達できない魚以外の食料と飲料水は、船で陸から運んで来なければなりません。割高な食料の調達コストと手間に見合う収入を得られるかは懐疑的。例えば、飲料水は、ポリタンクを積んだ帆船が、朝、出帆し、タサヘーラスで真水を積み込んだ後、翌朝戻るそうです。燃料費は節約できても、かなりの手間。

集落には、水に杭だけ残る家が、かなりあり、去った人の痕跡を示しています。食料を手に入れる大変さからすれば、この場所を見放して、陸に移る人が現れることは当然に思えます。長期的には、いっそう衰退し、杭のみの家が増えて行くと予測しました。

だから、コロンビアを代表する新聞「El Tiempo」の2020年の記事に驚きました。現在、400軒の家屋に3000人が住んでいるとのこと。訪れた1991年には、200軒程度だったのに、水質が低下し、漁獲高も落ちた今、水上の不便な場所の人口が、30年間で倍増しています。2000年、裏切り者を追って流れ着いたテロリスト崩れに、村民39人が殺戮された不幸な事件がありましたが、それを除けば、犯罪と無縁の地と言われて来た穏やかさが、理由でしょうか。2016年の和平合意まで、テロリスムの席巻していたコロンビアでは、静穏さは、何にも増して貴重だったのかもしれません。

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交通
サンタ・マルタからタサヘーラスまで車で1時間、タサヘーラスからヌエーバ・ベネシアまでモーターボートで1時間半。タサヘーラスでモーターボートを見つけるのは不確実なので、サンタ・マルタの旅行会社のツアーで行くのが望ましい。

リンク

宿泊施設のリスト

参考文献
"Así es la vida en Nueva Venecia, el pueblo que 'flota' sobre las aguas" (El tiempo 2020.10.27)
Wikipedia

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ヌエーバ・ベネシア:集落の風景。右手前には、住民が出て行った後、朽ち果てた住宅の杭のみが残る。

ヌエーバ・ベネシア:遠くからみる集落。湖と空と集落が同色に溶け合う。

ヌエーバ・ベネシア:集落の風景。

ヌエーバ・ベネシア:集落の風景。

ヌエーバ・ベネシア:集落の風景。手前には、出て行った住民の民家の杭のみが残っている。正面の埋め立てた地面では、子供たちがサッカーをしている。

ヌエーバ・ベネシア:集落の民家の一つ。テラスで魚網を干している。

ヌエーバ・ベネシア:集落の中をカヌーで移動する子供。

ヌエーバ・ベネシア:集落の民家の一つ。子供がカヌーを漕いでいる。

ヌエーバ・ベネシア:集落の中にある店の一つ。

ヌエーバ・ベネシア:住民が流出し、廃屋となった民家。

ヌエーバ・ベネシア:(左)教会のまわりは、土で埋められている。(右)風が強くなる昼下がりになると、湖には、漁のための帆船が出るようになる。

        Photo by Daigo Ishii

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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